りんご戦後復興の祖「渋川傳次郎」

 戦後復興の祖と言われ、財団法人青森県りんご協会を創設した人。 

 明治31年黒石市の大農家の次男に産まれ、大規模なりんご経営をしていましたが、 実家の没落とともに離農し農業試験場の技師となりました。その後転々と職を転じ、 戦争中は室蘭高射砲隊に勤務して陸軍大尉で敗戦を迎えます。 

 復員後は県農業会の筆頭職員として勤務していましたが、 戦争によって荒れ果てたりんご園の復興には「余り拘束されざる外郭団体の設置の要あり」と説かれ、 昭和21年青森県りんご協会を創立。これを機に短期間のうちに行政・農業会・生産者をまとめました。 

 下にやさしく、上には大声で怒鳴りつけた人で、剪定に関しては「腕で切るより、度胸で切る人」といわれたそうです。 

 こうした氏には多くの『渋川語録』が残されています。 なかでも青森県の多くのりんご生産者にとって印象深いのが「ゆっくりいそげ」という言葉。 りんご栽培だけでなく、人生の様々な場面においていろいろ考えさせられることばです。 また、りんご協会の先輩職員(私もりんご協会の技師ですので・・)から聞いた話ですが、 渋川先生曰く、りんご農家へ技術指導する際は堅苦しい専門用語ではなく現場の言葉で指導しろとも話されたそうです。 例えば小さい果実を摘み取る指導をする際は「摘果(てきか)ではなく実すぐりと言え」など。 まさに現場にわかりやすい指導を心がけていたようです。 

 平成3年に94歳で亡くなられましたが、青森県りんご協会では先生の遺徳を忍ぶため「渋川伝次郎賞」を創設し、 りんご産業のために努力した生産者を表彰しています。 

『渋川語録』についてはおって紹介していきますね。 

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